大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)592号 判決 1954年8月31日

小倉市蒲生三八〇番地

上告人

大堀正一

同所同番地

穴井牧雄

右両名訴訟代理人弁護士

身深正男

小倉市真鶴町六七二番地

被上告人

田本一郎

右当事者間の保存登記抹消手続等請求事件について、福岡高等裁判所が昭和二七年五月一六日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人身深正男の上告理由について。

原判決の措辞は稍々明瞭を欠く嫌があるけれども、要するにその認定した事実によれば、上告人牧雄は訴外松下春雄に対し大堀光太郎名義を以て自己所有の本件不動産を抵当として金員を借入れることの代理権を与え、松下はその委任どおり実行し、大堀光太郎名義を以て上告人牧雄の為めに本件不動産に抵当権を設定して被上告人から本件金借を為したのであり、被上告人も松下本人に貸す意思ではなく、同人を代理人とする本件不動産の所有者(実際は上告人牧雄である)に貸す意思で本件消費貸借をしたのである。即ち牧雄から正当に代理権を授与された松下の代理行為により本件不動産の所有者(即ち牧雄)との間に本件契約は総て成立したのであり、つまり牧雄は松下を代理人とし大堀名義を使用して本件契約を締結したのである。かかる場合はたとえば甲が自ら自己の名は乙なりと称し乙名義を以て契約を為した場合と同様であり、たとえ名義は乙であつても甲自身に効力が及ぶと同様に見るを相当とし、本人たる牧雄の為めに効力を生ずるものと解するを相当とする。それ故これと同趣旨に出でた第一審判決及びこれを是認して引用した原判決はいずれも正当であつて、論旨は採用することができない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二七年(オ)第五九二号

上告人 大堀正一

外一人

被上告人 田本一郎

上告代理人身深正男の上告理由

本件事実は、上告人穴井牧雄が既に死亡している大堀光太郎所有名義の登記済証と家屋台帳を訴外松下春雄に交付し金員借入方を依頼したところ右松下春雄は之等交付された書類を示し大堀光太郎の代理人として大堀の為めに被上告人と抵当権設定契約を結んだものである。以上の事実に付き原判決は訴外松下春雄の内心の意思に重きを置き代理の效果を上告人穴井牧雄に帰せしめて同人に抵当権設定の義務を判示している。

然し乍ら代理人の行為が本人にその效果を及ぼすには、(イ)代理人が效果の帰属すべき本人の名を顕すか (ロ)又はその本人の名が諸般の事情からして相手方にも推断出来る事情に在るときでなければならない。

然るに本件事実に於ては訴外松下に於て何等右の本人の顕名行為を採つて居ない。飽く迄大堀を本人として表示し或る時はその息子なりとして被上告人と本件消費貸借並に抵当権設定契約を為して居る。左れば、被上告人も契約の相手方本人は大堀光太郎なりと信じているのである。原判決摘示理由に於て諸所に括弧して(実は穴井牧雄のために)と断つておるのも右顕名しないことを説明したものである。

然し代理行為に於て代理人の顕名しない他の者に法律效果を帰属せしめることは法の容認しない処であり、仮令代理人に於て内心は他の第三者の為めにする意思ありとしてもその者の名が全然表明されず表面は別の本人の名が顕はれその者の為にすることを示して為された場合はその表明された者に法律效果を帰属せしむべくその後はその者と代理人間の無権代理の問題を生ずるに過ぎない。この事は権限踰越に因る代理人の表見代理の場合に於ても同じである。

以上の理由により本件消費貸借並抵当権設定契約の效果を上告人穴井牧雄に帰属せしむることは法の解釈を誤つたものである。原判決の如く飽く迄代理人の内心の意思のみに因り何人にその效果を帰属せしむべきやを決定せんとすることは反つて取引の安全を害し代理制度を根本から破壊することに立到るものである。

而して大堀光太郎は当時既に死亡していたものであるから、訴外松下春雄の大堀を顕名して為した代理行為は死者の名を示しその者の為めに為した法律行為であるからその代理行為の效果を大堀に帰せしめるに由なく結局松下本人がその效果を負はねばならないものである。原判決が右の判断を誤り、専ら訴外松下の表見代理乃至その認定の根拠のみを云々しているのは代理制度の顕名主義の原則を忘れ枝余末節のみを論及しているのであつて本件事実判断の要点とは関係のないことである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例